個人でできること
アンバサダー
の声

Vol.74 中村 融子 さん

2026年3月1日


私たちの活動を継続的に支えていただいているアクセプト・アンバサダーの声を紹介する本コーナー。

「アンバサダーの声」第74弾は、美術の脱植民地化を専門に研究をされている京都大学アフリカ地域研究資料センター特任研究員の中村 融子(なかむら ゆうこ)さんです。

© FRANQUIN DEDJI photography

中村さん、この度はインタビューへのご協力ありがとうございます!まずは、バックグラウンドやご経歴を教えてください。

アフリカの現代美術を起点に、美術の脱植民地化を専門として、日本・フランス・ベナンでフィールドワークを行う研究者です。具体的には「やきもの」を軸に、美術と工芸/非美術を分類する力や、伝統・歴史と記憶について批評的に考えています。

京都出身で、東京大学法学部第三類を卒業後、京都大学ASAFASアフリカ地域研究専攻で、修士号と博士号を取得しました。現在は同大アフリカ地域研究資料センターに特任研究員として所属し、京都芸術大学の大学院と関西大学の大学院で非常勤講師をしています。

父が書道家で、明治時代に導入された「美術」の歪みを身近に感じながら育ったことが、文化の西洋中心性やグローバルな構造に対する現在の問題意識に繋がっています。また母が雇用機会均等法第一世代としてフルタイムで働いており、自分の家庭の痛みを理解する糸口としてジェンダー論にも触れてきました。ジェンダーは植民地支配とも深く関わっていると最近痛感しています。

▲2022年、フランス中部の陶産地、サン=タマン=タン=ピュイゼイユにて。
古くからある薪窯の内部で、背景にあるのは当地の炻器土でできた壺や鉢。

当団体とは「アフリカ地域」という共通点はありますが、少し異なる分野のようにも感じます。そんな中村さんがアンバサダーになっていただいた一番のきっかけや続けていただいている理由は何ですか?

直接のきっかけは、パレスチナ和平への取り組みです。

これは国際的な美術シーンや人文学業界で「脱植民地化」というテーマがよく扱われるようになった一方で、現実の政治や抑圧された人々への態度との解離、二重基準に問題意識を持ったことが根底にあります。

「美術の脱植民地化」とは、美術作品の様式などに旧宗主国の文化的影響が残ることや、美術を価値づける仕組みにおいて欧米の力が強いことに対して、例えばアフリカの人々が自らの文化を見つめ直し、あるいは植民地支配の暴力によって奪われた破壊された「記憶」を思い起こし、自らの美術表現の主権を取り戻していくようなことを指します。

また、何を「美術」と認めるかという価値観についても根本的な批判を加え、境界線の設定の権利を複数化しようという試みもあります。例えば非西洋の創作物は、西洋近代的な判断基準に基づいて「美術」ではなく「工芸」とか「民族学資料」にカテゴライズされ、劣位に置かれてきました。これは「文明ー野蛮」を分ける概念とも関わる大きな問題です。

私は、修士課程で研究を始めた頃から「脱植民地化」という旗印のもと、アフリカの現代アーティストらが評価されたり、旧宗主国からの古美術返還が進むといった動向に身近に接していました。

一方で、非常に根源的な動きであるはずの「脱植民地化」という言葉が、近年の現代美術シーンでは簡単な流行語のようになり、表層的なラベルとして使われているのではないか?という懸念も抱いていました。そして、2023年10月以降の欧米の文化・学術界のパレスチナへの対応との露骨な二重基準に(どこか「やっぱりな」とも思いながら)強い反発を覚え、より積極的な政治的参与を行うようになりました。

例えば、オンライン・オフラインを問わない署名や、デモ・スタンディングへの参加などです。また自分の書く原稿の内容や仕事の選び方も、既存の支配・抑圧的な力から距離を置く意識を持って変えるようになりました。

そんな中でアクセプトさんの存在を知りました。徹底した現場主義を貫きながら、国際規範制定にも関与を始めるなど、大きな構造・体系にアクセスするという点に地域研究者として共感を覚えると共に、大きな可能性を感じました。上で述べた通り、私は研究を通じて、普遍的だとされている「理性」や「知」に今なお植民地主義が根強く残っていることを痛感してきました。それは、「国際規範」や、それに支えられている「平和」についても同様であると思います。

紛争の暴力に関わる人たちの行動は、「非理性的」に見えることがあるし、そのように枠づけるような報道や教育がなされてきました。日本においても、そうした人々の背景に同情するような報道はあっても、それを自分たちが関わる知の体系や規範に真摯に組み込もうという試みは多くはありません。しかし、アクセプトさんは、直接的・構造的な暴力や世代を超える抑圧を受けてきた人達の経験を丁寧に汲み取り、対話に伴走すると共に、私たちも共有する「国際規範」に反映させようとなさっています。これは「野蛮な暴力から文明を守る」という世界観を脱して紛争解決に取り組む、脱植民地的な実践だと思ったのです。

また、知れば知るほど日本から「テロ」に関わるポジショナリティがまっとうだと感じるのが、アンバサダーを続けている理由です。この点は次の項目で詳しく述べます。

▲2024年、ベナン南部の陶産地、ダングボにて、やきものの発展を担ってきた母娘二世代と。
左からZISOUKPÈVI Véroniqueさんと HOUSOUKPONON Madeleine さん

脱植民地化を切り口に活動の意義を実感していただいたことがよくわかりました。では、中村さんが考えるテロ・紛争解決に向けて必要なことについて教えてください。

外部の力を持った人間・集団による「解決」からの脱却です。植民地支配も当時は文明化の使命という理由で肯定されていましたが、外から「平和」や「文明」を持ち込んで「ディールを結ばせる」限り、何かを力で抑え込むことが続くのではないでしょうか。アクセプトさんの活動も、「元テロリスト」を平和の担い手に「変える」というより、そもそもその人たちこそが担い手だという事実に立ち返るということだと思います。

そのためには、日本語圏でよくみられる「酷い事情でテロリストになってしまう人たち」という、一見すると被抑圧者に寄り添った、しかし植民地主義的な同情が潜む認識からの脱却も必要だと感じます。かといって日本から安易に「(抑圧を受けている人達の)抵抗」を美化・称揚する気にもなれません。本来色んな選択肢を持つはずなのに、武力闘争に身を投じている人達をロマンティックに他者化することも避けるべきだと思うからです。この点でアクセプトさんのYANSAG(テロや武力紛争に関わる若者)に対峙する姿勢はとてもまっとうに思えます。

また同時に、「理性的な交渉」と呼ばれるものも、今力を持ってる人たちが有利なゲームでもあると思うので、その構造から少しずつ変える必要があります。「その土地」を代表する際のジェンダーやエスニシティ(文化的つながりをもつ民族性)の不平等にもそれなりの形で配慮が必要です。こうした観点から、アクセプトさんの、実状からボトムアップで紛争規範にもアプローチする活動は、地味に見えて革命的なことだと思います。

▲2025年、ベナンのダングボ周辺の歴史・文化的拠点を巡るツアー中。
ダングボ出身のアーティスト、FRANQUIN TUNDÉ DEDJI に質問しているところ。
© FRANQUIN DEDJI photography

私たちの活動ですと、和平交渉の場は男性中心であったり、また若者の意見が反映されなかったりすることは多々あります。だからこそ、そこに女性や若者を意識的に組み入れていくことを大切にしています。

中村さんのお話をお伺いして、地域研究の姿勢と非常に共通する部分を感じていますが、実際にアクセプト・インターナショナルの活動から影響を受けたことはありますか?

責任としての楽観主義のような態度、ものごとへの向き合い方です。

私は、パレスチナ関連での文化・学術業界の反応をきっかけに、「美術という表現の場で社会問題を扱う」という関わり方そのものへの限界を痛感しました。「テロ」へのまなざしも決定づけてきた存在である、美術「が」問題であることに対峙しなければと意識がさらに一段変わり、仕事の選び方や新しい組織づくりなども根本的に変えるようになりました。

そうすると様々な苦労や自分の至らなさに直面する苦痛を伴うことがもちろんありますが、アクセプトの皆さんの工夫やタフさ、その時その時の状況判断は冷静にしながらも常にビジョンを高く掲げる態度に刺激をもらい、自分もそうあろうという気持ちにさせてもらっています。その他、自分自身が対話の主体として強くいることなど、永井さんもよくおっしゃる「誇り高い」状態を、自分に求めるものの一つに含めるようになりました。

▲2022年、ベナン南部の都市、ポルトノボにて。
中村と同世代のキュレーター、Steven Coffi Adjaïに質問しながら議論している様子。

以前中村さんのpodcastで、アクセプト・インターナショナルの活動を紹介いただいたと聞きました。ありがとうございます!実際の内容やご感想を教えていただけますか?

新しい層にリーチして行動変容のきっかけを作るような社会運動の一環として、高校と大学の後輩に手伝ってもらいながら『女子校の後輩と話し始める「脱植民地化」』というpodcastを始め、そこでアクセプトさんのことをご紹介しました。一回目はパレスチナについてのシリーズで言及し、二回目は「社会参与としての寄付」についてのシリーズで他団体と並列で紹介しました。

アクセプトさんの活動には多面的な性質があるので、こういう風に色んな角度から差し込んでいきたいと思っています。また、ラジオでも、YANSAG(テロや武力紛争に関わる若者)という言葉など、「知らないんですか?」ぐらいの感じで使っていきたいですね。

YANSAGは国際規範の現場で徐々に認知が高まっているため、そのような形での発信も非常に嬉しいです。日々精力的に活動される中村さんですが、今後のビジョンについてもぜひ教えてください!

podcastを拠点に、(アクセプトの)運営メンバーの方をお招きしてのご講演などに挑戦してみたいです。

アフリカ(特に西アフリカやフランス語圏アフリカ)の地域研究や現代美術の話と、アクセプトさんの活動とを同時に提示したいという夢があります。例えばナイジェリアやコンゴ民主共和国など、アクセプトさんの国際規範関連の活動地域でも、現代美術が強い国はたくさんあります。日本ではまだ紛争がある=怖い地域、あるいは教条的な人が多い「遅れた」国といった認識が強く残存しているように感じます。

しかし、日本がポップカルチャー大国である事実と地震大国である事実が両立するように、紛争と現地の文化が並存するリアリティがあります。「紛争をテーマにした美術」でも「美術をきっかけに社会問題を知ってもらう」でもなく、地域のリアリティとしての紛争と文化の並存を伝えることで、紛争は一時的なものではなくその原因が構造的なものであることの周知や、文明観の複数化に貢献できるのではないかと思っています。

▲2022年、フランス・パリで開催されたアートフェア Also Known As Africaにて。
博士論文のテーマであるベナン系のセラミックアーティスト、King Houndekpinkouと。

最後に、読者に向けて何かメッセージをお願いします。

「脱植民地化」というテーマで仕事をしている人間として、本来私がしなければいけないことの一部を代わりにやって下さっているという切実な気持ちでアクセプトさんのアンバサダーをしています。アンバサダーをすることで、文化や美術の方面で同じように頑張ろうという励みにもなっています。

国政レベルでは消極的な動きしかできない問題に、日本からこうした関わり方をする団体があることは、「世界における日本独自の役割」を意味のある言葉にしていると思います。選挙では投票によって国や地方自治体の議会に自分の代表・代理を送りこむわけですが、また違う形で世界に代表を送り出すような気持ちです。

「憎しみの連鎖をほどく」というコピーにある種の「どっちもどっち論」を感じて避けている方がいたら、本当に勿体ないので、一度イベントを覗いてみて下さい!

▲ベナン南部の都市、コトヌにて開催された美術展にて、現地の若手アーティストやモデル、デザイナーたちと。


私自身、大学時代にアフリカ地域研究に没頭していたこともあり、お話を伺いながら当時の情熱が呼び起こされるような思いでした。対象に対する本質的な理解に基づいたお言葉の数々は、聞き手としても非常に心地よく、深い感銘を受けました。素晴らしいお話をありがとうございます。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。

インタビュー担当:山﨑琢磨


【読者の皆様へ】
政府の意向に左右されない私たち独自の活動は、毎月1,500円から活動にご参加いただける「アクセプト・アンバサダー」をはじめとした皆様からのご支援があってこそ成り立っています。

皆様とともに、この日本から挑戦していくことができれば大変幸甚です。

アンバサダーの声