[2025年10月]
今回はケニア事業部より、テロに関わった受刑者への支援についてお届けします。
2年前に刑務所での取り組みを本格的に開始した当初、刑務所長から「はるか遠い日本からこんなに珍しい分野に支援してくれるのはなぜか?」と驚かれつつも「本当にありがたいことだ」と繰り返しお話しいただいた本プロジェクト。ぜひ、その進捗をご覧ください。
1. ケニアの刑務所で取り組みをする背景
ケニア事業部は、ギャングを含む若者失業者の収入創出支援を通じた過激化防止に加え、刑務所におけるテロ関連受刑者のリハビリや社会復帰支援の取り組みを実施してきました。ケニアは熾烈な紛争地ではないものの、隣国ソマリアを拠点に活動する武装組織アル・シャバーブによる攻撃や戦闘員のリクルートが発生していることから、ソマリアの紛争解決にも関連する重要な国の一つです。
私たちは日本外務省からの委託のもと、首都ナイロビや沿岸部のケニア第2の都市モンバサ、そして西部の都市キスムの最高セキュリティ刑務所にて、テロに関わった受刑者の社会復帰支援を2023年より行ってきました。
ケニアは刑務所内の収容環境が過密であることに加え、ソマリアとは異なり、宗教・民族的背景が多様であることも特徴です。
▲ナイロビ、モンバサ、キスムの位置関係
※Google Maps © Googleをもとに作成
受刑者の中には、過激な思想や現状への強い不満から事件に関わり、外国人である私たちや刑務官に対して敵意や強い警戒心を示す人もいました。
また、失業など生活状況の悪化を背景にテロに関与してしまった人の中には「今こそ人生を立て直したい」と前向きに考えていながらも「刑期を終えて社会に戻ったとして、自分を受け入れてくれる地域や家族はいるのだろうか」と不安を抱く人も少なくありません。
今回は、こうした課題に対する取り組みの概要に加え、受益者の声や、現地で活動するスタッフの声をご報告いたします。
2. 各取り組みのご紹介と受益者の声
<日本外務省による委託事業>
私たちは日本外務省からの委託を受け、受刑者が適切に社会復帰するための後押しとして、職業訓練やビジネススキルトレーニング、宗教に関する対話セッションなどを行ってきました。また、刑務官向けの研修も行い、現場が自立して取り組みを継続していけるような体制整備を進めてきました。
さらにナイロビとモンバサにある最高セキュリティ刑務所では、2023年の支援開始当初、個別にカウンセリングをするための部屋がなかったことから専用の部屋を建設・整備し、ケアカウンセリングを提供してきました。
私たちのケアカウンセリングでは、まず本人が過激な思想や社会への不満を抱くようになった背景を丁寧に聞き取り、その理由を否定せずに受け止めます。
たとえば、「家族を失った怒りから過激な思想を持つ仲間に引き込まれた」「失業が続いて将来が見えず、極端な行動に流れてしまった」といった、それぞれの事情があります。
そのうえで、「自分は本当はどんな人間でありたいのか」「若者として、家族の一員として、どんな役割を果たしたいのか」といった未来の目標を一緒に見つめ直します。こうした対話を通じて、怒りや不満を暴力ではなく、話し合いや社会参加など非暴力的な手段で実現していけるようサポートしています。
▲カウンセリングルームの外観
▲カウンセリングルームの内観
また、支援を開始した当初はトイレが共用部にしかなく、受刑者が収容されている居房内には設置されていませんでした。夜間は居房の鍵が施錠されるため、受刑者はバケツに用を足さざるを得ないなど非衛生的な環境であり、刑務所の国際基準から見ても非人道的であるといった課題がありました。
そこで、各居房へのトイレ設置及び各棟へのトイレとシャワーを整備するなど衛生環境の改善を行いました。
こうした取り組みに対し、受刑者からは次のような声が寄せられています。
「トイレが設置され、きれいな環境となったことで心も洗われます。ケニア刑務局や国際社会が受刑者にも目を向けてくれて嬉しいです。自分に価値があるように感じられました。アクセプトが提供する他のプログラムにも積極的に参加したいと思います」。
このように「一人の人間として扱われている」という実感が得られることで、社会復帰に向けた前向きな気持ちに繋げることができます。ソマリアのリハビリ施設でも彼らが安心して過ごすことができるよう工夫していますが、その学びをこうした形で活かしています。
▲各居房に設置した簡易トイレ
▲各棟に設置した簡易シャワー
これらの各支援を行うなかで、受刑者からは他にも次のような声を聞くことができています。
「正直最初は、外国人であるアクセプトのスタッフや刑務官に対して懐疑的でしたが、皆さんとのコミュニケーションを重ねるなかで、自分の過去を受け入れられるようになり、前向きになることができました」。
「社会に復帰したとしても、地域コミュニティの人達や家族にどう思われるかが不安でしたが、アクセプトのスタッフや刑務官とのコミュニケーションや支援を受けたことを通して具体的な目標や行動計画を立てられるようになり、将来のビジョンがポジティブになりました」。
こうした声をもらうたびに、支援に向き合う私たち自身も大きな励ましを受けています。同時に、ケニアに限らずソマリアやイエメンなど、これまでさまざまな地域で社会復帰支援に携わってきた経験があるからこそ、現在の包括的な支援につなげられているのだと実感しています。
<7月から新たに開始した事業について>
7月からはイギリス外務省と在ケニアのイギリス大使館からの委託を受け、いわゆるテロ組織でありソマリアを拠点とするアル・シャバーブに関わった受刑者の社会復帰に向けたさらなるニーズを踏まえ、支援を拡大しています。
10月には、過去にテロに関わった受刑者が約150名収容されているナイロビの最高セキュリティ刑務所とケニア刑務局本部にて、刑務官の能力向上研修を行いました。
今回の研修では、受刑者の背景や釈放後に実現したい目標などを踏まえ、リハビリテーション支援を適切に行うためのニーズ評価ツールを新たに整備し、また支援の進捗状況を確認するための体制を構築しました。
刑務官が受刑者と対話しながら考えや将来像について聞き取り、支援の方向性を整理する実践の場を設け「受刑者の深い感情に気づき、それを非暴力的な行動へつなげるにはどうすればよいか」という視点を養いました。
また、包括的な支援として、職業訓練やビジネス・ライフスキルトレーニング、宗教に関する対話セッション、ケアカウンセリングなどの手法について改めて共有し、理解を深めていきました。
今後も現地の刑務官が主体となって社会復帰支援を進められるよう、伴走しながら取り組みを続けてまいります。
▲代表・永井による刑務官への研修
3. 事業担当者・現地スタッフよりコメント
<事業担当 ピリ カニャキーソ荘平よりコメント>
いつも私たちの活動を支えてくださり、心より御礼申し上げます。
ケニアの刑務所は、脱獄や暴動などの治安上の問題、過密収容、予算不足といった複合的な要因により、現在も厳しい環境に置かれています。
特に、テロに関わった受刑者への支援は、刑務官が持っている彼らの背景や心理に関する理解不足・偏見は大きな課題です。
また、テロ受刑者が一般の受刑者と同じ場にいると過激な思想が刑務所内で広がってしまうというリスクを回避するため、多くの最高セキュリティ刑務所ではテロ受刑者は隔離され、職業訓練を受けられないこともあるなど制度的な制約が大きい領域です。こうした要因が重なり、この分野では現場に緊張が生じやすくなっています。
そのような状況の中でも、受刑者の小さな変化が周囲の空気を変えていく瞬間や、協働している刑務官・政府関係者が対話を通じて姿勢を変えていく場面に、多くの希望を感じています。
例えばキスム刑務所では、当初は受刑者に対し壁をつくっていた刑務官たちが、研修や個別ケース会議を重ねるうちに、彼らの背景にある複雑な要因への理解を深め、今ではプログラムの良き協力者となりつつあります。現場の空気が柔らかくなるのを肌で感じられるのは、大きな励みです。
課題は依然として多く残りますが、だからこそ一つひとつの変化に大きな意味があります。これからも、刑務官・受刑者・地域社会がより安全につながっていけるよう、現地チームと共に丁寧に取り組みを進めてまいります。
▲10月に行った研修の様子。白い服を着ているのが職員のピリ。
<現地スタッフ プリムよりコメント>
はじめまして、プリムと申します。7月よりケニア事業部の現地職員として支援をしています。
日々の研修準備や受刑者との面談調整など、現場では細かな作業が多く発生しますが、ピリの講師補佐や運営面をサポートする中、彼が丁寧に進めてくれることで研修全体の運営が安定し、刑務官からも「参加しやすくなった」「学ぶ機会を得られて感謝している」といった声が増えています。
一方、研修では刑務官の部署ごとの理解度に差があり、内容を実務に結びつけやすくする工夫が必要だと感じています。また、面談調整や資料準備では、チーム連携を強めることで支援をより円滑に進められます。今後も刑務所側と協力し、現場で役立つ取り組みを広げていきます。
受刑者支援の現場は課題も多いですが、チーム一体となって一つひとつ確実に進めていければと思っています。
▲現地スタッフのプリム
【読者の皆様へ】
活動報告記事をお読みいただきありがとうございました。今後も各事業部の活動をわかりやすくお届けしてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
なお、私たちは、月1,500円から活動にご参加いただける「アクセプト・アンバサダー」を募集中です。
暴力に絡め取られた若者を社会一体となって救い出し、新たな道を歩むことを力強く支え、テロや紛争の解決に繋げるために、この機会にアンバサダーとしてご参加いただけたら幸いです。
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